お問い合わせフォーム
070-6801-0556

相続・遺言

相続トラブル事例(先妻との間に子がいる場合)【第13回(下)】

高齢者等終身サポート専門行政書士の森です。

前回(上)は、創業家で起きた相続トラブルの事例をご紹介しました。今回は、「先妻とは死別」であることを前提に、その背景や教訓をさらに深掘りし、同様の事態を避けるために必要な備えについて考えていきます。

先妻との死別がもたらす心情の隔たり

今回の事例では、Y氏は若いころに先妻を病気で亡くし、その後再婚して後妻と家庭を築きました。

先妻の子どもたちは、幼少期に母を失い、父は再婚しました。そのため、「父親の愛情を十分に受けられなかった」という心情をどこかに抱えていた可能性があります。

一方、後妻とその子どもは、Y氏と共に日常を過ごし、家庭生活と事業の両面で支えられてきました。この生活基盤の差が、相続の場面では「受けてきた恩恵の差」として意識されやすく、取り分をめぐる考え方の違いにつながるのです。

死別という避けられない事情が背景にあるからこそ、表向きは平穏な関係であっても、潜在的な心情の隔たりは存在していたと考えられます。

配偶者や義理の家族の影響力

事例の転換点は、C子さんの夫の一言でした。

「もらえるものは正当に受け取るべきだ」という発言は、一見正論のように聞こえますが、これを機に他の相続人も「やはり権利を主張したほうがいいのでは」と考え始めました。

相続の現場では、相続人本人の意思よりも、その背後にいる配偶者や子どもの意見が強く影響することがよくあります。特に、先妻の子どもにとっては実母との生活が短かった分、「自分の家族に恥をかかせたくない」という気持ちが強く働き、結果的に権利主張へと傾くケースが少なくありません。

行政書士として相談を受けると、このような「義理の家族の声」が合意形成を難しくする場面にしばしば出会います。ここにも、事前の備えが欠かせない理由があるといえるでしょう。

遺言がなかった場合の企業経営への影響

創業家における相続は、財産分与にとどまらず「企業の存続問題」でもあります。

今回、長男X氏は、銀行から借入をして法定相続分を現金で用意することで事態を収拾しました。これは賢明な判断でしたが、もし会社の資金繰りがさらに厳しかったなら、株式の分散や不動産の売却を余儀なくされ、経営基盤が揺らぐ可能性もありました。

先妻の子に相続権があるのは当然のことですが、それをどう調整するかによって、企業の未来そのものが左右されます。遺言がなければ、承継者は突然「経営」と「親族調整」の二重の負担を背負うことになり、精神的にも大きな試練となるのです。

遺言と事業承継対策の工夫

では、同様のトラブルを防ぐためにどのような備えが可能でしょうか。以下の工夫が考えられます。

・公正証書遺言

相続分を明確に定めることで、無用な誤解や争いを防げます。特に事業承継に関しては「誰が経営権を持つのか」をはっきりさせることが不可欠です。

・遺留分への配慮

先妻の子の遺留分を尊重し、生命保険や現金資産を充てる形で調整しておけば、紛争を回避しやすくなります。

・家族信託(民事信託)の活用

事業用資産や株式を信託財産とし、承継者がスムーズに経営権を維持できる仕組みをつくることも有効です。

・家族への事前説明

「父の思い」を生前に共有しておくことが、感情的なしこりを和らげます。特に死別した先妻の子にとっては、父の意思を直接伝えられることが安心につながります。

これらを組み合わせることで、残された家族が安心して未来を歩める道筋を整えることができます。

「心の相続」と心理的負担

相続は「財産の承継」であると同時に「心の承継」でもあります。

先妻の子にとっては「父からの最後のメッセージ」が何よりの支えとなり得ます。遺言が存在すれば、「父は自分たちのことを考えてくれていた」と受け止めることができ、たとえ取り分が少なくても心情的に納得しやすいのです。

逆に、遺言がなければ「父は自分たちを忘れていたのでは」と感じてしまい、それが不満や対立の火種となります。今回の事例は、まさにその典型的なパターンでした。

本事例が示す教訓

本事例から導かれる最大の教訓は、「遺言は家族の心をつなぐ架け橋であり、事業の未来を守る盾である」という点です。

先妻と死別した場合、後妻との子と比べて「実親との時間の差」がどうしても存在します。その差を埋めるためには、父自身が遺言を通じて思いを形にしておくことが重要です。

遺言や事業承継計画は、相続人の経済的な安心だけでなく、感情面のケアにも直結します。家族が安心して次の世代にバトンを渡すためには、元気なうちから備えることが何よりの思いやりといえるでしょう。

まとめ

創業家に限らず、先妻と死別し、後妻との間にも子がいるという家庭は決して珍しくありません。そのような場合、相続は一層複雑で、感情の機微が結果を左右しやすくなります。

「うちは大丈夫」「揉めるはずがない」と思っていても、死別による家族関係の距離感や外部の影響によって、思わぬトラブルが生じることがあります。だからこそ、遺言と事業承継計画は、残された家族と企業を守る最強の準備なのです。

最近の記事
  1. 「名義がなくなる不安」を安心に変える!家族信託の本当の価値とは?【第18回】

  2. 善意の相続放棄が招く落とし穴:専門家費用を節約したが故の残念な結末【第17回】

  3. 争族対策の核心「遺留分」とは?ご家族の争いを未然に防ぐ生前対策を解説【第16回】