高齢者等終身サポート専門行政書士の森です。
私たちは日々の業務の中で、「ご家族のためを思って行動したのに、かえって残念な結果になってしまった」というご相談をしばしば受けます。その多くは、「専門家への相談費用を惜しみ、自己判断で手続きを進めてしまった」ケースです。
今回は、「全財産を母に相続させたい」という善意の行動が、予期せぬトラブルを引き起こしてしまった、相続放棄の落とし穴に関する事例をご紹介し、相続手続きにおける専門家の役割について改めてお伝えします。
1. 善意の相続放棄が招いた「予期せぬ相続人の繰り上がり」
【あるご家族の事例】
A様ご家族(姉弟2人)は、父親が亡くなった際、「老後の生活資金として、父の財産はすべて母に渡したい」と考えました。
ご夫婦には借金もなかったため、A様姉弟は話し合い、インターネットの情報を見て、家庭裁判所で「相続放棄」の手続きを済ませました。
「これで全財産が母のものになる。手続きもスムーズに終わってよかった」と姉弟は安心していました。
予期せぬ展開
ところが数週間後、母親の元に、父の弟(叔父様)から連絡がありました。
「法定相続分を請求したい。財産目録の確認と遺産分割協議を始めたい」という内容でした。
姉弟は驚いて専門家にご相談に行きました。これは「相続人の繰り上がり(次順位への移行)」という、相続放棄が持つ非常に重要な法的効果によって起きた事態でした。
2. なぜ、母の取り分が減ってしまったのか?
相続の順位の原則
日本の民法では、相続人には明確な順位が定められています。
常に相続人:配偶者(亡くなった方の妻または夫)
第1順位:子、または孫(子がすでに亡くなっている場合)
第2順位:直系尊属(父母、祖父母など)
第3順位:兄弟姉妹、または甥姪
この順位は、上位の相続人が一人でも相続権を持つ場合、下位の順位の人は相続人にはなれないという仕組みになっています。
相続放棄の法的効果
相続放棄が家庭裁判所で受理されると、その放棄をした人は「初めから相続人ではなかった」とみなされます。
この事例の場合、第1順位であるA様姉弟がそろって相続放棄をしたため、相続権は第2順位の直系尊属へ移行します。しかし、このケースでは祖父母もすでに他界していたため、相続権はさらに第3順位である父の兄弟へと繰り上がってしまいました。
結果、母の取り分が減ることに
最終的な相続人は、母(配偶者)と父の弟(第3順位)の二人になってしまいました。
本来であれば、配偶者と子の組み合わせで母が財産の2/3を相続できたはずが、配偶者と兄弟の組み合わせとなったため、母の取り分は財産の3/4となり、残りの1/4は父の弟に渡す必要が生じてしまいました。
結果、母の老後の資金を確保しようとした姉弟の善意の行動が、かえって母の取り分を減らし、関係性の薄い親族に財産を渡すという、残念な結果を招いてしまったのです。
3. 「専門家への早期相談」がトラブルを防ぐ最大の予防策
A様ご家族は、「相続放棄の手続きは簡単そうだから」と、数十万円の専門家への相談費用を惜しみ、ご自身で進めてしまいました。しかし、その結果、数十万円をはるかに上回る額の財産を、意図しない形で失うことになりました。
私たちは、手続きが複雑な相続において、以下の点から専門家への早期相談を強く推奨します。
(1)リスクの全体像を把握できる
専門家は、単に目の前の手続き(今回の場合は相続放棄)を行うだけでなく、その手続きが次の順位の相続人にどのような影響を与えるか、全体のリスクを事前に把握し、最適なアドバイスを行うことができます。
(2)より適切な「代替案」を提案できる
この事例の場合、「全財産を母に」という目的を達成するには、「姉弟全員の相続放棄」ではなく、「遺産分割協議書を作成し、母に全財産を相続させる」という方法が最も適切でした。専門家であれば、目的を達成するための最も安全で効果的な代替案を提案できます。
(3)感情的な負担を軽減できる
親族間での予期せぬトラブルが発生した後では、法的な解決には多大な時間と精神的負担、そして高額な費用がかかります。早い段階で専門家に相談すれば、そうした無用な負担を未然に防ぐことができます。
相続手続きは、その性質上、やり直しがきかない判断が多々あります。不安や疑問を感じたら、「費用がかかるから」と躊躇せず、終身サポート専門の行政書士にご相談ください。小さな疑問が、大きな安心へと変わる第一歩となるはずです。
【今回の内容の関連コラム】
第1回:遺産分割協議書とは?相続手続きで欠かせない書類をわかりやすく解説します
第2回:遺言書はなぜ必要?公正証書遺言と自筆証書遺言の決定的な違い